【墓石とノーベル賞】
昔は石屋という職業があった。御影石を四角に割って、回転ヤスリと砥石で磨いて墓石をつくり、筆と墨で字を書いて、それをノミで刻み墓石を仕上げていた。石灯籠や石像を作るには、もっと手間がかかった。
今、これらの作業は機械化されている。石を角柱に切り出すのも、磨くのも、文字を彫るのも、コンピュータ制御された機械が掘削ドリルを動かしてやる。江戸期の木版本が明治期に活版印刷に変わったとの同じだ。それでいて墓石や石彫(材料はほとんど中国産)の値段は下がらないから、石材店の利益率は高い。自宅の近所にも3軒ある。ガソリンスタンドは潰れたが、石材店は景気がよい。
7/28「産経」にiPS細胞をつかった再生医療に、3Dプリンターを導入するという記事が載っている。日本で年間100例発生する「小耳症」(片方の耳がないか、小さい)を治療するために、3Dプリンタを利用して乳酸ポリマーを素材に耳介軟骨に相当する「枠」をつくり、その上にiPS細胞から作った軟骨細胞を流し込み、新しい正常の耳介を作るのだそうだ。
年間100人というと、人口10万人当たり0.08人だ。肺がんの死亡者は100人を超す。稀な白血病や悪性リンパ腫でも7人を超える。
今、解剖実習用の遺体は必用以上にある。本人が進んで献体し、遺骨だけを後で遺族が引き取る例も多い。
遺体の耳は、医学的には移植可能である。耳介軟骨は酸欠状態でも1週間は生きていられる。何も、大金をかけて人工的に作り出す必用ななかろう。
それに3Dプリンタなるものは、原理的には同じものが、石屋の世界では20年以上前から使われている。
石屋の場合は、石材から削り出す。プリンタはインキの代わりに、素材を積み重ねていく。結果としてできるものは同じである。
山中教授のノーベル賞受賞は「胚細胞を使わないで、体細胞を初期化する」ということに対してだった。カエルで体細胞から処女生殖させることに成功した英国の生物学者も共同受賞しており、「応用可能性」が評価されたわけではない。
それどころか、iPS細胞には4個のがん遺伝子が組み込まれており、マウスでの実験では7割に腫瘍が発生する。その一部は悪性である。
iPS細胞は「多潜能幹細胞」といいながら、発がん性があるので、終末細胞である網膜細胞や軟骨細胞まで分化させ、その「分裂能力」失わせた上でないと、「加齢性網膜黄斑」や「小耳症」の治療にも使えない現状だ。なぜか?器官を作るのに必用な「間葉系細胞」が欠けているためだ、iPs細胞の段階なら、これから間葉系細胞が作られるが、それは同時に発がん性の危険性をもふくむ。要するに多潜能には本来がん化の危機もあるのが普通だ。
がん化の危険がないiPS細胞はもうiPs細胞ではない。耳介などは、軟骨細胞の培養株を、他人の耳介骨組みの上に流し込めばいくらでもできる。
1930年代に量子物理学は、一般人の理解を超えるところまで進んだ。その結果が、原子爆弾の開発だった。
いま、生命科学の技術は新聞社の科学部記者の理解を超えるレベルに来ている。まして一般市民には、問題点など見えないだろう。
ノーベル医学・生理学賞は、物理学・工学的な業績にも、それが医学に貢献したものであれば与えられる。
CTを発明した英国のコーマックとハウンスフィールド(1979)への授賞、MRIを発明したラウトバー(米)とマンスフィールド(英)への授賞(2003)がそうだ。
逆に実用とは関係なく、純粋に医学・生物学の新しい知見に貢献した場合にも与えられる。DNAが二重らせんであることを発見したワトソンとクリックの業績(1962)がそうだ。それ自体では実用性をもたないが、その後の生命科学発展の基盤を用意した。
だからノーベル賞は、それ以上でもそれ以下でもない。過信や過剰評価は有害である。
前にも述べたが、ブッシュ政権が「ヒト受精卵を実験目的で使用することの禁止」措置を出し、研究費の配分を止めたから、ES細胞(胎児性幹細胞)の研究がストップし、代わりに体細胞に遺伝子導入した「iPS細胞」が注目されるようになったのである。
ヒトの体外受精や「多胎妊娠」の場合の「減数手術」も認められるようになった日本で、ES細胞の研究を進めない理由はない。これならがん遺伝子の過剰発現が起こらないことは分かっている。なぜなら外からは遺伝子導入していないからだ。
なぜ、メディアは立ち止まって考えることをしないのか。