motosuke-takedaの日記

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私

【巷観察】難波先生より

【巷観察】長原爆忌の日に、家内と広島市内の病院に知人を見舞った。


 広島市内は体感温度40℃の猛暑で、とても市電に乗り、電停から700メートルほども歩く気になれず、川岸の病院までタクシーで行った。
 正午頃だったが、あいにく知人はお風呂に行ったとかで留守だったので、待つ間 私だけは川岸にタバコを吸いに行った。近頃の病院は「構内禁煙」だから、窮屈でやりきれない。大学病院なんか、タバコの自販機があるのに「構内禁煙」。ダブルスタンダードもいいところだ。
 精神科がある病院なら、どこかに院内喫煙室がある、あれは「化外の民」か。私は入院するならそういうところを選ぶだろう。


 それはともかく、原爆ドームの東を流れる、元安川の岸に上がると、蝉時雨れだった。川岸には、アオギリやクスノキなどが大木になって茂っている。名物のカキ船もまだ2隻残っている。市の河川条令に違反するとかどうとかで、撤去が問題になっているところだ。夏休みなのか、白いワイシャツを着たサラリーマン風の若い人が, 10人ばかり大きなテーブルを囲んで, 昼食を共にしているのが、カキ船の二階の窓越しに見える。
 そうかと思うと、船外機付きの赤い小舟が、カキ船に客を運んでくるのも見える。原爆ドームの下あたりから乗船して、川を下り 桟橋を渡らずに、小舟でカキ船に横付けするというのも、おつなものだろうと思う。


 シャーシャーという蝉の声に頭上を見上げると、なんと1本の樹にセミの抜け殻が3つもあった。写真を撮って後から気づいたのだが、上方の枝にはクマゼミの成虫が横向きに留まっていた。幹はもう樹齢60年以上になるから、表面に苔が付き、そこになんという名前か知らないが、細長い葉をもつ草が生えている。(添付2)


 このセミは、被爆当時はいなかったはずで、市の南部の江波山からか、東部の比治山からか、他の場所から移住してきたに違いない。「さて何代目にあたるのか?」と疑問に思ったが、セミのライフサイクルを記した本がない。WIKI「クマゼミ」も形態学と分布が中心。
 アメリカでは「素数ゼミ」といって、産卵から羽化までに13年とか17年かかるセミがちゃんと報告されているのに…
 どうも日本の学問には、何かしら基本的なところで欠落しているものがあるようだ。実利主義、実用主義というか、表層的なところにとどまっていて、生きものの本質に迫れていない。


 二度目に河岸に行ったときに気づいたのだが、玄関の客待ちタクシーが全然動いていない。多くは「小型620円」と書いてあるが、先頭の黒いセダンは「580円」と書いてある。それも動いていない。友人に会って見舞いの言葉を述べ、帰りはその個人タクシーに乗った。
 「どうして値段が安いのか」、それを聞いてみたかったのである。


 運転手の話だと、運賃は陸運局が定めた変動範囲内なら自由に設定してよいのだそうだ。他の多くは会社だから、料金は会社が決めている。自分は個人営業だから 変動幅の中で 安い方に設定しているという話だった。ただ黒塗りで中型だから、値段を見ずに小型の方へ行く客もいるとのこと。
 「アベノミクスの効果はどうですか」と聞くと、「とてもとても、一日稼いで1万円がよいとこ。燃料代を差し引くと8000円位にしかならない。とても景気がよくなったという実感はない」という。一日の大部分を実車でなく、客待ちの列に並んでいるそうだ。
 「景気の良し悪しは、駅の客待ちタクシーの列の長さを見れば分かる」と喝破した山本夏彦を思い出した。


 広島駅に着いた。家内は駅前のデパートで買い物があるというので、同じ建物の11階にあるレストラン街で待つことにした。ここのファーストフードのあるコーナーには喫煙室がある。食事は病院のカフェテリアですませていたので、アイスコーヒーを注文して、南側の客席に着いた。見晴らしはよいのだが、窓際は日光が射して 見るからに暑そうである。ここは各店舗共通の客席なので 冷房がほとんど利いていない。


 席に着くと、まず50人ばかりいる客を見わたした。「食いながらスマフォを使っている奴がいるか?」と探したのである。来るときの列車の中では 若い客はほとんどスマフォをのぞき込んでいた。あれなら エスカレーターで盗撮されても 気づかないだろう。もっとも今年はスカートでなく、短パンをはいている女の子が目立つ。それとうんと上げ底をしたパンプスを履いたのも目立つ。転びやすいだろうに、と思う。


 窓際に母親らしい女性と座った太っちょの青年が、青いポロシャツを着ているのだが、背中が痒いらしく、シャツを首までたくしあげて、背中を剥き出しにしてボリボリ掻いている。若いのに 飛び出したメタボ腹が丸見えである。向きあった女もたしなめるでもない。全部脱いだら注意してやろう、殴られても仕方がない、と思っていたが、さすがに上半身裸にはならなかった。


 私はアイスコーヒーを飲みながら、文庫本の吉村昭「関東大震災」にグリーンのマーカーで線を引きながら読んでいた。前に一度読んだ本だが、目的意識をもって読むときは早く読める。グリーンを愛用するのは、目にやさしいのと、白黒でコピーまたはスキャンしても、文字が潰れないからである。赤だとこうはいかない。


 で、途中で一服したくなった。こういう時に危ないのが置き引きである。飲みかけのコーヒーと文庫本だけ置いて、バッグは肩にかけて喫煙室に行った。立ち上がって通路の左側のテーブルに坐っていた、食事後の老人夫婦を見て驚いた。男が右手の指先で何かをつまんで、コップの水でゆすいでいる。
 通りすがりに横目でよく見ると、これが上顎の総入れ歯。これには驚いた。五分刈りの頭の白さから見て、まだ70には行くまいが、午後2時頃にここに夫婦で坐っているのだから、恐らく引退した年金生活者だろう。妻は止めるでもない。
 服装や態度から、旧職や生活歴までだいたいわかる。


 私も境界型糖尿病の時代に、歯周囲炎のために歯を喪って総入れ歯だから、食事後の不自由さはよくわかる。特に苺の種とかゴマの種が、入れ歯と口蓋の間に入ったときの痛さは堪らない。入れ歯には接着剤がいる。私は掛かり付けの歯科医に「上と下の義歯を奥でスプリングで止めて、自然に上下の顎に密着するような入れ歯はできませんか」と言うてみるが、笑って取りあげてくれない。
 (実際に18世紀にはこういうタイプの総入れ歯が作られている。)


 そこで、接着剤としてペースト・タイプとフィルム・タイプの2種が売られている。
 前者は糊として顎と義歯を接着するもの、後者は義歯の隙間をプラスティック・フィルムを作ってできるだけなくし、密着させようとするもの。どちらも使ってみた。長持ちしないが ペースト・タイプの方が、確実にグリップする。
 そこで自宅洗面所のほかに、外出用に小型の「ポリグリップ」チューブをもっている。不都合が生じると、宴席でもそっと手洗いに行く。


 中学生の北杜夫が父斎藤茂吉に連れられて、銀座の寿司屋に行ったときのことを 随筆に書いている。
 出しなに、茂吉は総入れ歯をはずすと、寿司屋の入口脇にある水桶に突っ込んで、ジャブジャブと洗ったそうだ。
 さすがに父親のことだから、「気持ち悪かった」とは書いていないが、驚いたのは事実だろう。それでも茂吉は店内の「あがり」で入れ歯を洗うことはしなかった。
 この頃の銭湯のことを書いた小説や随筆を読むと、風呂屋の浴槽で 入れ歯を洗う老人が出てくる。洗い場で, ではない。


 この老人に、あの若者…。 失われてきたものは、私的空間と公的空間のけじめだろうと思う。
 かつては、道ばたで平気で立ち小便する、痰やツバを吐く、列に並ばないのがごく普通に見られた。あの時代はとっくに終わったと思ったが、また復活するのだろうか。
 社会が崩壊するから道徳が崩壊するのか、道徳の崩壊が社会を崩壊させるのか、難しい問題だ。アウグスティヌスは『神国論』で、「ローマ帝国の崩壊は、道徳の崩壊が原因だ」と言い切っているけれど。