motosuke-takedaの日記

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私

第4「高原解析」は信用できないこと

第4 「高原解析」は信用できないこと
1 修復腎移植の成績は悪くないこと
  修復腎移植の成績が一般の死体腎移植と比較して遜色がないことは、本書面Ⅰの第3項で述べたとおりである。
   これに対して被告らは、修復腎移植の長期成績が非常に悪いと主張する。被告の主張は、概略以下のとおりである(答弁書8P)。
① 悪性疾患(ガン疾患)で摘出された腎臓の5年生存率は48.5%であり、同時期の生体腎移植の5年生存率90.1%と比較してきわめて低い。
② 悪性疾患で摘出された腎臓の5年生着率は15.3%であり、同時期の生体腎移植の5年生着率83.4%と比較してきわめて低い。
被告らが主張する修復腎移植の上記数値は、被告高原が発表した研究報告「国外における病腎移植の研究に関する調査」(乙2号証)、同じく論文「腎疾患のある非血縁生体ドナーから移植された腎移植患者の低い生存率」(乙47号証の1、2)と共通するものなので、被告らの上記主張が被告高原の解析(以下単に「高原解析」と呼ぶ)を根拠としているものであることは明らかである。被告高原自身も、平成19年3月30日の厚労省における記者発表、及び同20年3月19日の「病腎移植を考える超党派の会」における説明(被告高原の本件加害行為の一部)において、「高原解析」の結果に基づいて発表・説明を行っている(「超党派の会においては被告相川も、「高原解析」に基づいた発言をしている)。

2 修復腎移植の成績の解析の本来のありかた
 医学統計において、異なった患者グループの成績を比較するには、比較する因子以外の患者属性をできるだけ均一化しなければならない(とりわけ患者の全身状態は重要な予後因子である)。異なったリソースの腎移植の成績を相互比較する場合には、生体腎移植・死体腎移植・修復腎移植による区分、あるいは病名による区分だけでなく、ドナー及びレシピエントの年齢、過去の移植歴(いずれも患者の全身状態を反映する指標となる事項である)などを比較するグループ間でできるだけ均一化しなければ、科学的に意味のある比較にはならない。

 修復腎移植の(長期成績を他種の腎移植と比較する場合の)特性として、以下の各事項が挙げられる。
  ア 修復腎移植のデータ数が少ない。
    瀬戸内グループが行った修復腎移植は総数42例であり、一般の生体・死体腎移植と比較するには症例数が少ない(症例数が少なければ少ないほど、成績に関するデータとしての信頼性が乏しくなる)という構造的な問題点がある。
  イ ドナーの年齢
    瀬戸内グループの行った修復腎移植のドナーの年齢は一般の生体・死体腎移植よりも高い。市立宇和島病院の25例では、ドナー22人(ネフローゼ患者の両側腎摘出が3人ある)中11人(50%)が70歳以上の高齢者である。高齢者の臓器は老化が進んでいることが多いので、こうした臓器の移植の成績は一般に若年者の臓器と比較して悪くなる。他方、日本移植学会のドナー選択基準では65歳以上の高齢者は「好ましくない」とされているので、こうした高齢者の臓器が生体腎移植されることはほとんどない。
  ウ レシピエントの移植回数
    瀬戸内グループの行った修復腎移植のレシピエントの中には、移植を受けるのが「複数回目」という者が多い。市立宇和島病院の25例中では、初回7例、2回目12例、3回目4例、4回目2例である。複数回目のレシピエントはいずれも親族からもらった腎臓が機能しなくなり、2回目以後に修復腎移植を受けたものである。こうしたレシピエントは修復腎移植時には腎不全症状が悪化していることが多く、初回移植患者(特に生体腎移植患者)と比較して全身状態が一般に悪い。他方、移植学会のデータの圧倒的多数は(腎移植を複数回受けられる機会に恵まれる患者は日本にはほとんどいないので)、初回腎移植のものである。従って、この点で一般の生体腎・死体腎と単純な比較が可能なのは、25例中、修復腎移植が初回移植であった7例のみである。

 従って、修復腎移植の長期成績を一般の生体・死体腎移植と比較する場合には、上記の諸点に留意して、実質的・科学的に意味のある比較結果が得られるようにしなければならない。
  そのためには、
 ア データ数を極力増やすことが強く求められる。
 イ 患者の全身状態による偏差の影響を極力除去するため、ドナーの年齢やレシピエントの移植回数を要素として加えた多変量解析を行うことが望ましい。
ウ 比較は死体腎移植(献腎移植)との間で行うべきものである。(修復腎移植は多くの場合、腎がんが好発する60歳以上の比較的高齢者の小径腎癌を用いるので、健常者をドナーとする生体腎移植とは単純に比較するべきではない。死体腎移植との比較でなければ科学的意義がない。
   これらを行わずに、数的に限定されたデータを一般の腎移植(とりわけ生体腎移植)と単純に比較するのは非科学的であり、恣意的な比較という非難を免れない。

3 高原解析の問題点
高原解析には、以下のとおり、多数の構造的な、あるいは説明不能な問題点がある。
  解析の基本姿勢にかかる問題点
ア データの量が少ないのに、市立宇和島病院の25例のみを用い、呉共済病院・宇和島徳洲会病院の17例を加えないままで解析したこと
前項で述べたとおり、母集団の症例数が少なければ少ないほど、成績に関するデータとしての信頼性は乏しくなる。解析の信頼性を高めるには、呉共済病院と宇和島徳洲会病院の症例を加えて「修復腎移植全42例」のデータを使用すべきであった。被告高原はこれに反し、市立宇和島病院の25例のみを用いて解析を行っている。(呉共済病院・宇和島徳洲会病院に対しては、データ提供の依頼が全くなされていない。)
イ 多変量解析を行うことなく、単純に生体腎・死体腎移植との比較を行ったこと
    前項で述べたとおり、ドナーの年齢は移植される腎臓の適性、レシピエントの移植回数はレシピエントの全身状態という、いずれも移植成績に大きく影響する患者属性であるのに、被告高原はこれを無視して、機械的・単純に死体腎・生体腎(研究報告・論文においては生体腎のみ)のデータと比較する解析を行っている。
  ウ 研究報告・論文において生体腎移植との比較のみを行ったこと
  エ 使用したデータの質に問題があること
    市立宇和島病院においては、25例のうち過半のカルテが廃棄されており、これらについてはデータを人の記憶に頼らねばならなかった。しかも、被告高原が「解析に使用したデータの全部」と称する甲C34号証は、カルテや記憶などを編集した二次データであって、しかも(被告らの主張によれば)当該二次データの作成者や作成経緯は全く不明であった。
従って、高原解析に使用されたデータは質的に非常に劣るものであった。
現実に、
い 解析に使用したとされているデータ(甲C34号証)には、以下のとおり、多数の誤謬がある。
    (1) 現実には死亡していないレシピエントを死亡扱いしている(甲C34号証の⑬の患者。甲C31号証の一覧表の31の患者に該当する)。
    (2) 現実には死亡している患者を生存扱いしている(甲C34号証の⑭の患者。甲C31号証の一覧表の21の患者に該当する。⑭の患者は④の患者と同一人なので、どちらか片方だけが死亡していることはありえない)。
    (3) 現実には(国外移転のため)追跡不能の患者を生存扱いしている(甲C34号証の㉒の患者。甲C31号証の一覧表の14の患者に該当する。㉒の患者は㉓の患者と同一人なので、どちらか片方だけが追跡不能であることはありえない)。
    (4) 死亡患者の死亡日の大半が誤っている(②、④、⑦、⑯、㉔)。
    (5) 平成12年に手術した患者の移植腎機能廃絶日が平成1年とされている(⑭)。
(なお、甲C31、C34、B8の各証に記載されたレシピエントは、書証により配列が異なるため、やや照合しにくい。そこで便宜のため、各書証に記載された手術日、移植腎の病名、及びレシピエントの性別等の比較の結果判明する対照状況の表を、本書面末尾に添付する。)
   ろ 甲C34号証と、それを用いた解析結果として発表された甲B8号証の別表に、重大な齟齬がある。
    (1) 甲C34号証で生存として扱っているレシピエントを死亡扱いにしている(甲C34号証の⑭の患者)。なお上記取扱いは客観的には正しい。
    (2)  甲C34号証で生存として扱っているレシピエントを生死不明扱いにし(甲C34号証の③及び㉒の患者)、生死不明扱いにしている患者を生存扱いにしている(甲C34号証の㉓の患者)。この取扱いは、㉒の患者については正しいが、③及び㉓の患者に関しては誤りである。前述のとおり㉒と㉓のレシピエントは同一人で③は別人なのであるが、被告高原はおそらく「③と㉒のレシピエントが同一人で㉓が別人」と誤認したのであろう。
このような齟齬が生じた原因は、被告らが高原解析の経緯を全く明らかにしないので推測するほかないが、被告高原が甲C34号証のデータの誤りに気づいて自らデータを収集補正したのか、あるいは解析中の混乱により齟齬が生じたのかのいずれかであろう(前者であれば「高原解析に使用したデータは甲C34号証である」との被告らの主張は虚偽である)。いずれにしても、甲B8号証の内容にも前記ろ(1)のような重大な誤謬がある以上、解析がずさんなものであったことは疑う余地がない。
被告高原は、このように質的に劣る市立宇和島病院のデータのみを使用し、カルテが完全に保存されていた呉共済病院・宇和島徳洲会病院のデータを使用しないで、解析を行ったものである。
 解析手法に不備があること
  被告高原は、研究報告においても論文においても、具体的な解析方法について全く説明しないので、解析方法の具体的な欠陥を指摘することが難しい。しかしながら、高原解析が結論とした数値には、現実と異なる、あるいは明らかに不合理なものがあるので、その「解析手法」にも問題があることは明らかである。
 ア 現実と異なる死亡者数
   被告高原は、研究報告及び論文において、「悪性疾患で摘出され移植された11人の中で、7人が死亡しており、その7人の内5人は移植腎が機能したまま死亡している。」と述べている(乙2号証9P、乙第47号証の2の2P)。
ところが、高原解析時には、市立宇和島病院でガンの修復腎移植を受けた11人中、生存が公式に確認できるもの4名、国により公式な追跡が不能となったもの1名、死亡していたもの6名であった。(甲C34号証と甲B8号証で「追跡不能」者が異なるが(甲C34号証では㉓、甲B8号証では(甲C34の③に相当する)13行目記載者)、数に関しては一致している。)
被告高原の「7人死亡」という前記記述が、現実の死亡者数なのか、それとも何らかの「解析」を経た数値なのか不明であるが、前者であれば明白な虚偽であり、後者であればその「解析手法」は正当なものではありえない。
イ 明らかに異常な「5年生存率」
被告高原は、「悪性疾患群」の5年生存率を、平成19年3月発表では46.7%、研究報告及び論文では48.5%としている。
ところが、市立宇和島病院でガンの修復腎移植を受けた11人中、5人(甲C34号証の③、⑩、⑫、⑯、㉑。うち⑯は移植後6年10か月で死亡)が移植後5年経過時に確実に生存し、1人(同㉓)が公的追跡不能、5人(②、④、⑮、⑰、㉔)が死亡していた。
カプラン・マイヤー法(被告高原は論文で同法を用いたと記述している)では、追跡不能となった者は分母・分子から除外しなければならない。この場合の「5年生存率」がなぜ46.7%ないし48.5%となるのか、被告高原が何の説明もしないので不明であるが、少なくともその「解析手法」は正当なものとは考えられない。
ウ 1人数回実施の場合のカウント方法、追跡不能例の取扱い
 市立宇和島病院における修復腎移植のレシピエントのうち、2名は各2回の移植を受けている(甲C34号証の③と⑫、㉒と㉓がそれぞれ同一人である)。そのため、症例数は25例であるが、レシピエント数は23人である。また前記のとおり、カプラン・マイヤー法では追跡不能者は分母・分子から除外する。ところが被告高原は、論文において前記のとおり悪性疾患群の死亡者を7人と記述し、また平成20年に日本移植学会の学会誌「移植」に発表した調査報告書「市立宇和島病院における病腎移植の予後検討」において「25人の病腎移植患者は、2006年3月時点で、14人が生存、9人が死亡、2人が海外のため不明であった」と記述している。
 このため、高原解析においても、①症例数と患者数の混同、②追跡不能者と死亡者との混同が、故意または未熟により行われていることが、強く疑われる。

4 問題点の性格と方向性
前項記載の問題点は、全て専門的知識がなくても一見して明らかな不備ないし誤りであるうえ、修復腎移植の成績を低く判定する方向に作用する性格のものである。とりわけ、①「瀬戸内グループ」の全42例中,市立宇和島病院の25件だけを殊更に取り上げて,生存生着率が顕著に高い呉共済病院・宇和島徳洲会病院の27例(10年生着率85.6%)を解析対象から除外したこと、②修復腎移植のドナーが高齢であること(70歳以上のドナーは,修復腎では42.9%であるのに対し,死体腎では2.1%,生体腎では4.3%)を無視して単純な比較のみを行ったこと、の2点により、高原解析による修復腎移植の成績が低くなることは、解析前にすでに決定づけられている。
各問題点のこうした性格及び方向性に鑑みれば、こうした問題点が解析者の恣意によらずに発生しているとは常識上考えられないので、被告高原の解析はその全体が非常に作為的・恣意的なものであることは明らかである。

5 解析及びその結果についての高原の態度
 解析やデータについての説明をしないこと
高原解析においては、解析の内容そのものとは別に、①解析に用いた手法やデータの説明がなされておらず、かつ、②エにおいて指摘したデータの性格についても説明がなされていない。(より正確に言えば、論文においては「データの性格」についての言及がわずかになされているが、後述のとおり、その言及は虚偽である。)
  しかも被告高原は、本件訴訟においても、これらの説明をほとんど行わない。

 論文における虚偽の記述
被告高原は論文において、「『病腎移植』42例はたった1人の医師が行ったもので、2病院ではカルテが破棄されていたので、記録保持が完全だった1病院の症例25例のみを病院の依頼を受けて解析した」と述べている。
しかるに、事実はこれと全く逆である。すなわち、
ア 市立宇和島病院においては、前記のとおり、25例のうち過半のカルテが廃棄されており、これらについてはデータを人の記憶に頼らねばならなかった。しかも、被告高原が「解析に使用したデータの全部」と称する甲C34号証は、カルテや記憶などを編集した二次データであって、しかも(被告らの主張によれば)当該二次データの作成者や作成経緯は全く不明であった。
イ 被告高原が「カルテが破棄されていた」とする呉共済病院及び宇和島徳洲会病院では、逆に、全てのカルテが完全に保存されていた。
被告高原がこのような事実を知らないわけはないので、上記の論文の記述は完全な虚偽である。

 以上のような被告高原自身の「高原解析」に関する行為のあり方からも、「高原解析」が恣意的に行われた信頼できないものであることが裏付けられると言える。